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オトン

いつの間にか9月ももう終わり。
この9月は一瞬で過ぎていった。

オトンの急逝で始まった9月。

未だに実感がありません。
実家に祭られてる祭壇見ても、違和感ありあり。
そんな所で何してんねん。って。


一応葬儀では喪主を勤めさせていただきまして。
通夜と告別式で大勢の人の前で挨拶をさせてもうたんですが。
難い話は自分もオトンも嫌いなので、形式ばった挨拶なんかしたくありませんでした。
会社の偉いさんとか来てたから、ちょっとは迷ったんです。よ。これでも。一応。。
でも、最後の晴れ舞台やねんから、自分のしたい事をしようと。
オトンも生前楽しくやってくれって言ってたし。
って思って、自分の言葉で。
「オトンは~」
ってしゃべりました。

”今を楽しく生きる”って事。

聞いてくれた人がちょっとでも何かを感じてくれればと思って、喋りました。
その結果、結構な方からお褒めの言葉を頂きました。
「自分の人生を考え直しました」「逆にこっちが勇気をもらいました」って。
めっちゃ嬉しかった。

多分お葬式とかそういうイベントってほんまはこういうのを再認識する場所なんやと思う。
人間すぐ忘れるから。
自分は死なないと思ってるから。

やから、今を蔑ろにすんねん。
明日死ぬかもしれないってなると、どんだけ今日を密に生きますか?

極論やけど、毎日がそういう可能性を持ってるし、そういう気持で生きるべきやと思う。
やないと、死ぬ瞬間に後悔すると思う。

やから、僕の挨拶で多くの人にお話させてもらえたこと。それを聞いて何かを感じてくれた人がいるってこと。
それはすごい自分にとっては有意義やったと思います。
というか、逆に、あんだけの人がおっても、そういう頭で日々を過ごしてる人が少ないんやってのは、怖くも感じました。


あと、挨拶を聞いて、「立派やから、安心や」って言う人もいはってんけど、別に僕は立派ではありません。

ただ、自分の思ってることを言っただけ。
んで、言った事ってのは、皆が思ってること。
認識してるかどうか。日々注意してるかどうか。ってなだけ。
だって、自分らの楽しいと思うことをして、EnjoyLifeって言っただけでしょ?
皆もしたいことを僕はただしたいって言っただけ。
それが出来るかどうかってだけ。
出来ないのは自分がブレーキかけてるだけ。
他人にどう思われたいかってのを気にしてるだけ。

だから、立派やとかそんなんじゃないねん。
自分でやってないだけ。


会社の人とか、今までお世話になった人とか、親戚の人とか。
皆の意識がちょっとずつでも変われば、オトンも報われると思います。
だって、やっぱり自分の人生、自分でどう生きるかしかないやん。
死ぬ瞬間にどんだけ金や物や名声を持ってたって、
大勢の仲間の拍手と涙と笑顔と懐かしい思い出話に囲まれて死ぬ人生のがよっぽど素晴らしいと思う。

オトンの葬儀には2日間ですんごい大勢の人が来てくれました。
供花も会場に入りきらんぐらい来たし、電報もダンボールにいっぱい。
お通夜の日も全然人が帰らんかったし、朝までずーっと寝ずにおってくれる人もいました。
妹が夜な夜な作ったDVDも好評で何回も上映されて。
その度に皆が涙し、笑顔になって。
色んな人から色んなエピソードを聞いて。
自分の知らんかったオトンの一面も知れたし。
皆に愛されてたんやなと。

やから、人生濃く生きたんやなと思います。
趣味もいっぱいあったしね~。
やりたい事をやって、楽しんだ人生やと。
仕事も自分の手でものを作るって仕事で。
貫徹とか当たり前の仕事で、僕からしたらありえん環境やけど、それをずーっとやってて。
それができたんは好きやからでけたんやと思います。
自分はそんな自分の仕事を誇りに思ってるオトンが誇りで。

でも、手を抜けない人でもありました。
真面目なんです。
常に100%というか。
見てるこっちが肩こるような。
ドカベンでいう岩鬼みたいな。
僕は抜けすぎなんやけど。殿馬みたいな。
でもそういう人間臭いっていうかソウルフルな所は自分には無い所だったので、憧れてました。
なんでもバランスが大事ですね。
真面目すぎるのと抜けすぎてるの。
足して2で割ったらちょうどいいのにね。

オトンは2年半前から名古屋に単身赴任してました。
最後は名古屋の家で一人で倒れたんですけどね。
僕やったらいくら好きな仕事とはいえ、会社に言われても行きません。
じゃあクビやと言われても、それを受け入れます。
お金が一番やないし、生きていけるとも思ってるからです。
それより自分には愛する家族があるし、仲間も、やりたい事もあります。
それを会社の都合で邪魔されるんは我慢ならんからです。
オトンもそら名古屋に一人で行きたくなかったに違いありません。
宝塚で皆のおる家に帰りたかったに違いありません。
でも、オトンは名古屋に行くことを選択しました。
これは会社がとかやなくて、自分で選択したんです。

よく、家族の為にっていいますけど、僕はこれは言い訳にしか聞こえません。
ほんまに家族の為やったら一緒にいるんが一番の家族の為です。
お金があれば家族はそれで満足なんですか?
そうやないと思います。
そういう詭弁を用意して、正当化してるだけです。
そして、そういう選択をするしかないような世界を作ってるんです。
それが僕はくやしい。
おそらくほとんどの人がこの選択をしてしまうと思います。
帰りたいけど付き合いで飲みにとか
理不尽な出張や出向、単身赴任
そら、お金=生きるって社会ではそうなりますよ。

お通夜の時、供花にオトンの所属していた事務所の名前がなかったんです。
僕らは別に何も思いませんやん。
それを忙しい僕らを無理くり捕まえて、「申し訳なかった」って頭下げるえらいさん。
「告別式には一番前に出させてもらいますので!」って。
この期に及んでもあんた達は自分の会社の面子の事しか考えれんのか。
あんた達のポケットマネーの為にオトンは殺されたんです。
そら自分自身節制してへんかったかもしれんけど、名古屋で一人寂しく逝くことは無かった。
一番反吐が出たんは葬儀に参列してた会社のえらいさんが葬儀が終わる寸前で自分の荷物を手に取り、
葬儀が終わった瞬間に席を立ち、足早に会場から姿を消したこと。
あの光景を目の当たりにして、僕はほんまにくやしくて。悔しくて。。

あんた達にとってウチのオトンは代りがいる駒かもしれんが、俺にとってはたった一人しかおらんオトンやねん。
俺のオトン返せや。
老後を一緒に楽しもうと思ってたオカンに!
自分の葬儀をやってもらおうと思ってたお婆ちゃんに!
ヴァージンロードを歩こうと思ってた妹に!
子供の面倒見てもらおうと思ってた、オトンのことを「じぃじぃ」って呼ぼうと思ってた嫁に!

会社のえらいさんはそういう人間やって割り切ってたし、期待もなんもしてへんけど。
ほんまにあんな人間にだけはならんとこうと思った。


これを読んでくれた人に伝えたい。
会社に就職するんが人生ではありません。
お金を稼ぐ事だけが人生ではありません。
自分がいくら会社の為にと思って、家族の為にと思って、一生懸命働いても、それは自分で思っているだけ(思わされている)だけであって。
向こうは一切ありがたいなんて思ってません。
会社の存在意義がお金儲けであり、効率をいかに上げるかが最大のテーマなんやもん。
そら全部が全部とは言わんし、その流れに乗って、皆が欲しがるものを手に入れて、周りから成功者・勝ち組やと賞される人生も幸せだと思えば幸せなのかもしれません。
でも、人間的なものはあきらかに後者ではありません。
それは死ぬ時に判ります。

僕らが今学校で教わることは”いい企業に就職する為”になってます。
それが最高の人生を送る為だという大義名分の下でです。
そして、企業に就職し、賃金を貰う代りに拘束され、自由な時間を奪われます。
目標にするのは、周囲から賞賛を得る為の・ステータスを得る為の消費。
これも自分で選択するのではなく、周囲の影響。
そして、常識に反する者、働かない者には居心地の悪い環境を作り出し、働かない事が”悪”のようにされる。
こんなループにはめられてる人生、自分を生きたと言えますか?
自分の子供に胸張って言えますか?
このループを作り出したんは誰ですか?
このループに全人類をはめ込んで、一番得をしているのは誰ですか?
よく考えてみてください。

ちっちゃい頃、やりたかった事をやりたいだけやれない事に理不尽を感じませんでしたか?
大きくなるにつれて、自分を納得させませんでしたか?
聞き分けのいい子を演じてませんか?
それは誰の為にですか?
自分の為にですか?

確実に今のこの世の中はおかしいです。
オトンも生前、よく言ってました。

幸い、オトンは自分のしたい事を仕事でできたので、幸せでした。
人間臭い家族がいたので、幸せでした。
好きなことを好きなだけさせ、「ハイハイ」と言いながら付き合ってくれるオカンがいたので、幸せでした。


人生をかけて好きなことをやれる仕事をひとつ見つける事。
人生をかけて愛する相手を一人見つける事。
この二つがあれば、人生は最高の人生だと思います。
他には何もいりません。

そういう意味では両方を手に入れたオトンはほんまに幸せでした。


「僕の尊敬する芸術家であり、
革命家であり、
自由人であり、
親父であり、
親友であるオトンに拍手をしてやって下さい。
お願いします。」

告別式の挨拶の最後に言った言葉です。
最後に無言で送られる事に僕はすんごい違和感を覚えたんです。
人生を生き、数々の思い出という作品を見て、最後に拍手もせんのかと。
必死に生きた人間に対して、感謝の意も示さんのかと。
もう人間ではなく、モノとして見てんのかと。
お通夜の挨拶の後、告別式での挨拶を考えてて、これはいかんと。
絶対に拍手さしてやると思いました。

泣きたくなかったけど、声がふるえちゃいました。

また、オトンの夢であった、家族皆でのハワイ。
これを実現する為に分骨してもらいました。
これは絶対何があってもいってきます。
その時はまた報告させてもらいます。





オトン。
蛙の子は蛙やわ。
ありがとう。
お疲れさん。
またね♪
さぁ、次は何をしよう!!
by re-member-village | 2008-09-22 23:15 | だいちゃ